- 掲示板
仮面の忍者赤影
最近、リメイクでもあったが、僕らが夢中になって見たのはもう60年近く前のドラマだ。
豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃・・で始まるオープニング。悪の組織は金目教、首領が幻妖斉で東映***映画でいつも悪役の天津敏だった。
信長、秀吉は誰が演じてたか忘れたが前田利家を里見浩太朗が演じていた。青影は後に河童の三平を演じる。
アポロ11号
アポロ11号の月面着陸は、小3の夏だったかな?たぶん69年ではないかな。毎日中継を見てたな。それ以前のアポロやそれ以後あまり話題にならなかったのは、やはり11号は初の月面着陸したからだろう。それからだいぶ後になって映画アポロ13を見て史実を知り困難に立ち向かう男達に感動した。
プール
小学生の低学年の頃、夏に金町公園のプールによく行った。子供2時間10円だった。僕らは小便プールって言ってた。小2ぐらいの時にこのプールで初めて泳げるようになった。
秘密基地
映画の20世紀少年もそうだけど、ガキの頃は秘密基地を作りたがる。草むらの中や木の上、土管の中に作ったな。段ボールやゴザを引いて、好きな物を持ち込んで、たいがい漫画とかラジオとかだけど。
自分達の城みたいな感じだった。
万博
70年の万博は、映画の20世紀少年のように夢中にはならなかった。開会式とかテレビて見たけど、行ってみたいとかあまり思わなかった。場所が東京とかだったら行きたかったかもしれない。
寝台車
青森に行く時に初めて寝台車に乗った。確か寝台急行十和田だったかな。70年の6月の事だった。
上野から発車して、しばらくしたら父親が懐中電灯を外に向けて振り回した。ちょうど父親が働いていた工場の横を通過する時だった。工場の階段で懐中電灯を振る灯りが見えた。父親の振る灯りに気づき向こうも振るのが速くなった。別れの挨拶に父親は泣いていた。そして寝台急行は走り続けた。
翌朝、八戸に着いた。
団地
70年 昭和45年6月
八戸に着いた。朝早く着いたので旅館で時間をつぶした。まだ引っ越しの荷物が届かないから。一緒に転勤してきた家族が何組かいた。
時間になって引っ越し先に向かった。
今度の社宅は団地だ。今までの東京の社宅は木造の長屋だった。初めての団地暮らし。風呂も付いてるしトイレも水洗だ。
高台
八戸の郊外の高台にある小さな町
父親の働く工場の社宅の団地が10棟ぐらい
他の工場の社宅、市営住宅、あとは一般の家
学校は小学校、スーパーが2店、その他に個人商店がいくつか。病院はクリニックがひとつ
社宅の中にはグランド、プール、スケートリンクがあった。
自分の部屋
団地暮らしで初めて自分の部屋を持てた。
僕が住んでた棟は、一番外れで景色が一望だった。
高台だからすぐ森で、その下は田畑が広がりぽつんぽつんと民家があった。遠くに東北本線が見えた。夜になると走る列車の灯りが見えた。さらに遠くに青森と岩手の県境あたりの山々が見えた。昼間は始終カッコウの鳴き声が聞こえた。
テレビ
70年代はじめ、青森県で見れるテレビは、NHK、教育テレビ、青森放送の3局しかなかった。そこで暫くしてからUHFのアンテナを付けた。それでも青森テレビとテレビ岩手が増えただけ。しかも同じ番組がダブっていたりした。東京の局でいうとフジテレビや東京12チャンネル(現テレビ東京)の番組は見れなかった。NHKは全国放送だから曜日や時間は一緒だが、民放はダブるどころか、曜日も時間も違うし一週間遅れの放送の番組もあった。
森の道
高台から降りれる道は、高台の外れに国道があり、もう1つ道があった。車が走れるのはこのふたつであとは森の中に人が通れる道や階段があった。
森の中の道を歩いていくと、しばらくして養豚や養鶏をやってる**があり、そこを過ぎると奥入瀬川があった。橋を渡ると百石という町だった。駄菓子屋はここまで来ないとなかったからよく歩いて行った。
登山
4年生の秋に名久井岳という山に登山に行った。
学校からバスで行ったと思う。青森県と岩手県の県境あたりの山で標高は700メートルぐらいかな?
弁当は頂上で食べたのかぜんぜん記憶にない。
あまり他の事も記憶に残ってないな。
アイススケート
青森の社宅にはスケートリンクがあった。
ふだんはコンクリートで、その中でいろいろ遊んでいたが、冬になると水を撒いて凍らせてスケートリンクになる。夜に当番の人が毎日水を撒いていた。
学校の体育の授業もここでスケートをした。
ということで生まれて初めてのアイススケート。
僕はハーフスピードのスケートを買ってもらって、早速練習した。始めはやっと立てて転んでばかりいたが、一週間ぐらいでなんとか滑れるようになった。夜、夕食を食べてからほぼ毎日スケートをした。ここは友達や近所の人が集まってスケートをしに集まり社交場だった。
アノラック
アノラックってもうだいぶ聞かなくなったな。
防寒のアウターウェアだ。青森で冬にいつも着ていた。東京にいた頃は、ジャンバーやオーバーですんだけど、青森で冬を迎えるにあたって買ってもらったウェアだ。再び東京に戻ってきた時は着なくなった。体も大きくなったし東京に来る前に誰かにあげたと思う。
冬
青森でも八戸は太平洋側だから、そんなに雪深くはない。それでも12月ぐらいから、ちょくちょく雪は降る。3月ぐらいまでは雪は溶けない。
冬休みも東京より10日ぐらい長かったかな。