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いまや コテハンスレの王様、坂上様を語りましょう。
[スレ作成日時]2012-11-01 19:50:16
いまや コテハンスレの王様、坂上様を語りましょう。
[スレ作成日時]2012-11-01 19:50:16
高齢化社会*家族の看護は大変ですね*
おい坂上、うるせーから答えてやる。
いすゞ自動車の井田会長だ。
井田会長は偉大な会長だ。
お前は知らんだろうな。
以上
屁人間は三島由紀夫を知らない。
屁人間には三島は難しくて理解出来ない。
屁理屈ばかりこねる屁人間坂上は、勉強を頑張って早く糞人間になれ。
203三島由紀夫は肝心な武士道を理解していない*軽知遅は武士道について答えよ*
では無知無知屁人間の坂上に教えてやる。
三島由紀夫の「武士道と軍国主義」という小文から
『では、武士道とは何か。
自己尊敬、自己犠牲、自己責任、この三つが結びついたものが武士道である。このうち自己犠牲こそが武士道の特長で、もし、他の二つのみであれば、下手をするとナチスに使われた捕虜収容所の所長の如くになるかもしれない。しかし、身を殺して仁をなす、という自己犠牲の精神を持つ者においては、そのようにはなりようがない。
故に侵略主義や軍国主義と、武士道とは初めから無縁のものである。この自己犠牲の最後の花が特攻隊であった。
戦後の自衛隊には、ついに自己尊敬の観念は生まれなかったし、自己犠牲の精神に至っては教えられることすらなかった。人命尊重第一主義が幅をきかしていたためだ。』
武士道でも人命尊重主義だが、他人の人命は尊重するが、自分の人命は尊重しない。これが自己犠牲というものである。
三島由紀夫の武士道観では、この他に武士と武器を、本姿と魂と見ていたことが特徴的である。つまり武士は、一片の迷いもなく、戦うことが人生上の使命であると日夜認識しているという精神基盤がまずあって、その前提の上に自己犠牲を特長とする武士道が成立していた構造があったと見ていた。ここを無視すると、誤解してしまうように思う。
今の時代は、戦うことを使命として生まれて来ている人は極めて少ないのではないか。かの海上保安庁の海猿だって戦うことは封じられている。バトル・ゲームのゲーマーだって、油断をすれば、自分がこの世から消し飛ぶという恐怖に戦慄しながらゲームに打ち込んでいる人はいまい。
要するに武士道を理解、共感するためには、まず常在戦場の環境にあることが必要で、その上で自己尊敬、自己犠牲、自己責任が揃って初めてそれらしい知的イメージを結ぶことができようというもの。その点では、武士道の本来持つフィーリングは理解しにくいといえる。
どういうわけか、一対一で戦いを意識せよという内的圧力の時代は過ぎ、今は内的圧力をどんどん緩和して自分の内側に向き合おうとする時代。武士道の自己犠牲は美しいが、武士道が実質的に成り立たない今の時代では、あらゆる前提と偏見を振り捨てて自分と向き合う冥想修行者こそが、時代の最先端を行っている。
屁人間よ、答えた。
貴様の武士道を語れ。
語れないのは屁人間の証。
**は火星包茎?
205武士道の*自己尊敬*自己犠牲*自己責任は立派な事であるが*要は何んの為の自己犠牲か*である*特攻隊も東條英機が戦争を行わなければ必要なかった*そして*武士道には他者の尊敬も*あることを付け加える*
202自動車を知らない人間が*いすゞ自動車を知っている*此れはおかしい*井田会長はどんなに偉い*
坂上君 戦車の意味を答えよ
210自動車を知らない者に戦車を話しても理解出来ない
202自動車はどうした
再度通告する 坂上君 戦車の意味 説明せよ
205物事は単的に結論を述べる事*瞑想修行か
暇だね
205武士道と真珠湾攻撃について述べよ
真珠湾攻撃
昭和16年12月8日
日本が放ったアメリカ、ハワイ真珠湾に向け日米開戦を告げる第1攻撃の事。
武士道
武士の間で尊ばれた道徳
次 どうぞ
先制攻撃は武士道に反するのでは
昭和は武士道なんか関係ありませので
武士道の時代は 明治維新前の徳川幕府の時代までです
武士道の根本的なものは*不変的なものであり*軍国主義者は理解しないで*都合の良い部分だけを悪用したものである*三島由紀夫も博士号も*理解していないのではないか*