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生んでくれて有り難う
おいしい食事をありがとう
なんてね〜〜♪
[スレ作成日時]2008-05-08 08:06:00
生んでくれて有り難う
おいしい食事をありがとう
なんてね〜〜♪
[スレ作成日時]2008-05-08 08:06:00
ないんかいw
〓■●〜
母を亡くして13年、心の穴は、空いたままです。
それなのに、会うたびに、「母と旅行した」とか「毎週末、実家に帰って、手料理食べてくる」という会話をする人がいると心が痛みます。
自分ではどうにもできない事ですから・・・
そういうデリカシーのない人とは距離を置いたほうが良いのでしょうか?
暗い話題ですみません。
距離をおきたいならおけばいい
母の話題で心が痛むのに、なぜこのスレをみるのか不思議
>>なぜこのスレをみるのか不思議
そう?
カサブタってチョット掻いたり剥がしたりしたくならない?
> そういうデリカシーのない人とは距離を置いたほうが良いのでしょうか?
デリカシーがないとは思えないが。それともその人は、あなたに当てつける
ためにわざと「母」を会話に出しているの??
お母様をなくされたばかりのかたの前では、母親との楽しい話題は避けるようにしますが、
さすがに、13年前にお母様をなくされたかたにまでは、さほど気を使わないかもしれません。。
事故や特殊な例を除いては、両親は自分より先に亡くなります。
それは、受け入れるしかない事実。
ひとの喜びを素直に「よかったね」と言えないのなら、
離れていくのもひとつの手。
でも、相手にデリカシーがないからとばかりは言えないと思います。。
>自分ではどうにもできない事ですから・・・
自分が子供とたくさん楽しい時間を共有しようと、前向きに考えたほうが。。
>>06
俺の場合もう17年前になるから、流石に「過去のこと」にはなっているけれど
逆に「時間が経つにつれ強くなる喪失感」というものも有るには有るわな。
例えば自分にも子供が出来て、こいつには父方の祖母ちゃんがいないんだな、とか
お袋が生きてたらさぞかし可愛がっただろうとか、会わせてやりたかったなとか。
そういう事を考えると今でも鼻の奥がツンとすることがある。
あなたの場合はそういう場面が俺よりも少し多く、伴う感情も強いという事だろう。
まぁ、当時の「亡くし方」にもよるだろうが、若くして亡くなったのであれば
その時に受けたダメージが尾を引いても、ある意味当然だと思うよ。
だが、他の人も言っておられるように、あなたが言う「心の穴」を周囲の人が
意識してくれないからと言って、「デリカシーがない」という言葉に置き換えて
しまうのは宜しくないと思う。
彼らはなにも他意があって母親の話題を出している訳でもないだろうし
仮にそうだとしても、失ったという現実を覆すことはできないんだから。
俺はある時期から、若い頃に母親の死に向き合った経験は
自分にとってかけがえのないものだったのだと考えるようになった。
呼吸器に繋がれたお袋の傍で過ごした数ヶ月、ものすごく辛かったけれど
あの時の事を思い出せば、大概の辛さには耐える事ができる。
きっと、大人になりきれていなかった自分を大人にするために
お袋が最後にドンと背中を押してくれたんだろうなと。・・・こんなんじゃダメかね?
6です。
貴重なご意見ありがとうございました。
自分自身のことならば、自業自得とあきらめもつくのですが・・・
親とか兄弟とかは、自分の努力とかとは無関係なのが納得できないのです。
まあ、運命といえば、それまでですが。
自分より歳下の人から言われるのは、平気なのですが、かなり歳上の人からはキツイです。
その人達も、母親を亡くしてはじめて、きがつくのでしょうね。
<教養とは相手の気持ちになれる事>
ホントに解ってんのかなこの人…
>13さん
>かなり歳上の人からはキツイです。
相手の年齢によって、受け取り方が変わってしまうんですか?
「年上のかたは、若い人間に気を使うべきだ」というわけではないでしょう?
>母親を亡くしてはじめて、きがつくのでしょうね
年齢のいっているかたのほうが、どちらかというと、喪失感については理解されていると
思うのですが。
いろいろな別れの場面を経験されてきたわけですから。
もちろん、若いかたでも、そういうかたはいますから、一概には言えませんけど。
13さんは、相手が自分に気をつかわないのが、デリカシーに欠ける、と思っていらっしゃるようですが、
13さんが相手の話を聞くのがつらいのは、ご自身の気のもちようでもあって、
相手の気のもちようのせいだとばかりはいえないと思いますよ。
こういうのって「お互い様」なところがあるから、
相手がいい悪いではなく、自分が向上していく(強くなる)ほうがためになると
思いますが、いかがでしょう。
でも、まあ、、、
他人がどういう事情を抱えているのか分からないのですから
(>>06さんのように悲しみから抜けられない人もいますし)
自分からは、家族の話題(特に幸せ自慢)は控えるようにした方が賢明だろうなとは思いますね。
私は、30代ですが、親御さんだけでなく、旦那さん、奥さんを亡くされた方も出てきてますし、
誰であっても、家族の話題は控えるようになりました。
家族の話題でなくても、何かしらの話題はありますし。
それにしても、
『母の日のえ〜〜話』は誰もないのかい???
>>16
>誰であっても、家族の話題は控えるようになりました。
ある意味、それも賢明なのかも知れないが
そうやっている以上はお互いに「相手の事情」を知らないまま、って事だよね。
何でもかんでもオープンにすりゃいい、ってもんじゃないとは思うけれど
06さんみたいに、相手にデリカシーを求めたいと言うのであれば
自分の事をある程度は知っておいて貰わなければ、NGワードを解って貰え様もない。
鼻につく程の幸せ自慢も、周囲の雰囲気おかまいなしの後ろ向きな「語り」も
度を超えているからこそ問題になっているに過ぎないと思う。
やっぱり、良好な人間関係を築きたいなら互いの情報をシャットアウトしちゃいかん。
>>13
>その人達も、母親を亡くしてはじめて、きがつくのでしょうね。
><教養とは相手の気持ちになれる事>
そりゃ、ちょっと言い過ぎでないかい・・・?
相手の方は、事情を知っていながら話題を選んでいないって事なのかな。
貴方の話ではそこがよく判らないけれど、少なくとも悪意がある訳ではない筈だ。
相手が無意識に貴方を傷つけている、と言いたいのかも知れないけれど、そこは
貴方自身も「乗り越える強さ」というものを持たなきゃいかんと俺は思うね。
親を失えば、その辛さを知って話題に出す事も遠慮するようになる・・・なんて考えてたら
人は歳をとるごとに悲しみに押しつぶされていってしまうと思うんだけど。
何にしても、相手の「教養」と結びつけて非難するのはやめるべきだ。
>良好な人間関係
相手に求める「やさしさ」や「厳しさ」はひとそれぞれだから、
すれ違いや誤解は生きていくうえで避けられないと思います。
だからこそ、心が通じたときの喜びもひとしおなのでは。
年齢を重ねて「相手のありのままを受け入れられるよう」になれたらいいな、と思います。
難しいけど。
>何にしても、相手の「教養」と結びつけて非難するのはやめるべきだ。
私もそう思います。
「教養」って単語は、ほめ言葉としてだけ使うようにしています。
母の日のプレゼントは何しますか?
実家の母親には新しい眼鏡。妻の母親は家族湯に連れて行って背中流してあげよう。
明日は姑と食事でも行くかな。
おお,懐かしいスレが上がって来たやんき♪
今年は、どうしよう
1度も祝ったことは無いし、贈り物なんてする訳が無い。